わざわざ坂本は店外まで我々を迎に来てくれていた彼と交わした握手はまるで力のこもらないものだった。
坂本は握手をする手にほとんど力を入れない。とにかく力いっぱい握り締めることが親愛の表現だと考えているかのような人のなかにあって彼のような握手は ”フィッシュ・ハンド” と呼ばれ、最も嫌われるやり方の一つだ。ちょっと違和感を覚えるそんな握手のやり方を、なぜ彼は選ぶのか。そこには彼一流の逆転の発想がある。
初対面の人間に対し、あたかも十年来の親友のように大げさに手を握り肩を抱き合うような振る舞いはかえって不自然ではないか。
最初に最大の好意を受けてしまったら、あとはマイナス要素が増えていくばかり。むしろ初めは 「なんだ、こいつ」 と思われても、そこから一つずつ階段を上がるようにプラスの関係を作り上げていく方がいいのではないか・・・・。
彼の ”フィッシュ・ハンド” には、そんな理由があるらしい。
人と同じことで満足せず、常に自のやり方で自分の信じる道を進む、その独創の精神こそが、坂本の坂本たる所以なのだ。
別れ際に交わした握手は、少し力強かったような気がする。